岩渕祐一 鎌倉日記
第二十八回 「今は昔―旧大仏坂切通し」
親鸞が滞在していたと伝わる一向堂跡を見て、大仏坂の手前まで歩く。火の見下のバス停脇の小路に入ると、まだまだ心惹かれる木造家屋が残っている。この生活道が旧大仏坂切通しへと通じていた。かっての武家の鎌倉は、いつもの暮しの中にある。亀ヶ谷坂にしろ、葛原が岡にしろ子供の遊ぶ傍らには必ずやぐらや苔むした五輪の塔があった。鬼ごっこの最中、往時の刻が子供たちの耳に届くのだろう。少年や少女達は遊びをやめ、ふいに顔を横に向ける。暖かい日差しの中、突然ひやりとした膚合いを感じとる。そんな中世が、僕は好きだ。
歴史講師児島先生の史跡めぐりは盛況だった。御歳八十二才の先生を頭に四十余名の健脚にやっとの思いでついてゆく。切通しすぐのやぐらの前では黙礼する方が多い。ここは墓所なのだ。曲がるというより行く手を遮る岩壁の角を抜けると、斜面に沿って細い山道が続く。所々、雑木の薄れ目から今の鎌倉、激しい車の往来が目にとまる。あの自動車の窓からこの切通しは見えるだろうか。武家政権を必死で守ろうとしたこの切通しが。物語では「今は昔」と語りだせば今は「昔の今」と変わる。今は昔、この山道からも自動車という動く箱の往来を見れたそうな、、、そんな想像を遠く見え始めた由比ガ浜は笑って迎えてくれた。大仏に降りる道端、出口近くに今ではめずらしいオトコエシの花をみつけた。この花も今は昔と根付いているのかも知れなかった。
平成二十四年二月一日
第二十九回予定「風の音は―今西家書院」
